個人の契約と代償  メンタリストDaiGo氏(漫画孤高の人)

  メンタリストDaiGo氏の動画を2,3度見たことがある。動画の主題はまったく何か覚えていないが、彼が自嘲的に最初に自分がテレビに出たときにスプーン曲げをして出た、という話をされていたことが印象に残っている。

 今の彼はYouTubeで知識人として認められており、そんな怪しげなエスパー染みたことをして世に出たことが苦痛であったというような口調だった。

 

 彼は世に認められるために代償をはらった、ということを話していた。よく覚えていないが、売り払ったプライドを買い戻した、というようなことも言われていた。(その動画を再度見ようとしたが、動画が多すぎて分からなかった)

 

 私はまったくもって彼の経歴を知らないが、(Wikipediaは見た)これから彼の代償が報われればいいと、そのとき他人事ながら思った。

 

 

 昔読んだ漫画で「孤高の人」(作者名 :坂本眞一 / 鍋田吉郎 / 新田次郎)というのがあった。

 「孤高の人」という小説をほぼすべて改変した内容になっている。

 どちらの作品も主人公は加藤文太郎という登山家がモデルになっている。

ja.wikipedia.org

 単独行で山に登り、数々の登攀記録を残した人らしい。最後は数年来のパートナーであった吉田富久という方と山に登った際、遭難されなくなられたようだ。

 

 漫画の内容はかなり忘れているのだが、唯一よく覚えている場面が、主人公が生死ギリギリの山に登っているとき、幻聴なのか、「お前は生涯の単独行を誓うことができるか?」と"山”に問われる場面がある。もしそれを誓えるなら、生きて帰してやる、と。

 

 主人公の森は生きて帰ることができた。

 

 この漫画は"それ”か”それ以外全て”という問いに”それ”と答える人を描いた漫画なのだ、と当時感じた。

 山がした問いは、生(単独行)対死ではなく、孤独であるが森にとって唯一の救いである登山対それ以外全てという問いだ。

 

 森はその契約に合意するが、最後に契約不履行に対して代償があたえられる。

 

 DaiGoという人は、とてもプライドが高いのだと思う。そしてそういう人だからこそ、志望校の不合格などの出来事が殊更傷つくことになったのかもしれない。多分成功というものを得るために、一番自分が大事なプライドを捧げて、そしてやっと今のような位置につけた人なのだと思う。

 

 彼を知ったきっかけは、家族が教育系YouTubeにハマっており、DaiGoだけは見てない、と言ったので、変わりにみてあげる、ということで見た。

 教育系YouTuberという先入観で入ったので、最初の印象はなんだか思ったより子供っぽいな、というものだったが、逆にそのあたりに好感をもった。

 

 彼の言動の節々に、過去どれだけ自分のプライドを切り売りしたのか、そして今徐々に自分が認められてきて、"理想”に近づいている、というのが見て取れた。

 彼は理想高い少年だったのだろう、たぶん自分がこうなりたいという像も深く思考していたのだと思う。そして数々の失望もあって、ここまで来られたのだろう、と当時勝手に妄想して、勝手に心の中で応援していた。(ただ彼の言動は何かおかしかったので家族には中田敦彦を見とけば十分と言っておいた)

 

 彼は最近、ホームレスや生活保護を受給している人に対して、強い差別発言をしたことで、話題になっている。

 

 私は中学、高校と生活保護を受けており、市営住宅に住んでいた。同じ棟の住人は裸で体操したりするような人間で、出歩くのが怖かった。

 

 病院で生活保護を示す札を出すことが恥ずかしかった。それに、学校で在学証明書を発行してもらう際に、何故発行の必要があるかという欄があった。

 親に聞くと「生活保護受給のため」と書きなさい、と言われたので黙って書いたが、出すときの担任の顔が見れなかった。

 

 友達にも誰にも、自分の家庭が生活保護を受給していることを言えなかった。学校のディベートで「生活保護に対してどう思いますか」という問いが出てきたときは、皆がまったく別の世界のように語るので驚いたりした。なんというか、わたしの実生活がディベートになるのだという、驚きだった。

 

 親にも外では絶対に言わないように言われていた。その当時は恥ずかしいからだと思っていたが、世の中にはDaiGo氏のような方が居て、危険があるという意味でもあったのかもしれない。

 

 ただ唯一の救いは、わたしは自分の境遇に納得ができた。今世の中で成功している人達であれば、その境遇をバネにしたり、見返してやる立ち向かっていく立ち向かっていくのかもしれないが、殊更そんな気にはならなかった。

 

 でも失望は、本当に毎日積み重なった。何も期待しようともしていないし、プライドを上手く飼い慣らしているつもりでも、失望はどういう瞬間にも襲ってきた。

 

 わたしにとっては、学生時代は失望に慣れる戦いだった。それに慣れなければ、自分が化け物のような人間になってしまうかもしれない、と感じていた。

 

 わたしがもっと賢く、理想高く、将来に夢をもっていたら、と考えると、時折息が詰まるような気がする。

 

 だから、DaiGoという人を勝手に、理想高い少年が、息の詰まりそうな失望を味わって、結果成功したのだと感じていた。

 大多数ができないであろう成功と彼の最も大事なプライド(彼にとって全て)の選択を行ったのだと。

 

 だから、今回の発言を聞いて彼の狭窄した視野(理想)は、まだまさ彼の失望が積み重なっている結果に読み取れてしまった。